人に必要とされる人になる 人に必要とされる会社になる

社員が夢を持ち、目標を定め、それに向かって邁進する、そして、ひとり一人が達成感を得られ、みんなが幸せになる会社でありたい。 社員が夢を持ち、目標を定め、
それに向かって邁進する、
そして、ひとり一人が達成感を得られ、
みんなが幸せになる会社でありたい。

会社概要

商   号株式会社 母恵夢本舗
代 表 者代表取締役 岡田俊三
創業・設立昭和21年2月・昭和28年8月
資本金1,000万円
本社所在地〒794-0037 愛媛県今治市黄金町5丁目2番地10google map
TEL:0898-32-5661 FAX:0898-31-5366
事業目的和洋菓子製造販売
役  員取締役 岡田 弥栄
取締役 岡田 文子
監査役 岡田 真理
取引銀行愛媛銀行  今治支店
伊予銀行  今治支店
みずほ銀行 今治支店
工  場 本社工場
〒794-0037 今治市黄金町5丁目2-10
TEL:0898-32-5661 FAX:0898-31-5366
東門工場
〒794-0033 今治市東門町6丁目2-32
TEL:0898-25-2533 FAX:0898-25-8110
桜井工場
〒799-1521 今治市古国分1丁目3-46
TEL:0898-35-1580 FAX:0898-47-1596
今治東工場
〒799-1522 今治市桜井3丁目5-60
TEL:0898-35-5625 FAX:0898-35-5627
直営店舗今治市内4店舗・新居浜市1店舗(本店旭町店片山店ワールドプラザ店中萩店
一般事業主
行動計画
産前産後休業や育児休業、育児休業給付、
育児休業中の社会保険料免除などの制度の周知や情報提供を行う
計画期間 : 平成27年4月1日~平成31年3月31日の4年間

沿革

戦 前今治市常盤町にて寿司屋・レストラン「権太」を創業
昭和21年02月贈答用上菓子店「権太」を創業  乳菓「母恵夢」「他抜きもなか」等の販売を開始する
昭和28年08月「有限会社 菓舗権太」を設立する  松山市大街道に松山店を開店
昭和30年05月松山店が開店してまもなく「母恵夢」が爆発的にヒットする
昭和38年03月広島進出
昭和38年11月今治店工場ビル建設(現本店)
昭和40年04月岡山進出
昭和43年01月黄金町へ工場移転(現本社工場)
昭和53年03月「有限会社 母恵夢本舗」に社名変更
昭和58年05月旭町店新築オープン
平成08年08月「株式会社 母恵夢本舗」に組織変更 片山店新築オープン
平成09年11月新居浜 中萩店 移転改築
平成10年08月ワールドプラザ店新築オープン
平成14年09月西条店(フジグラン西条店内)オープン
平成16年07月東門工場新設
平成20年08月桜井工場新設
平成27年01月今治東工場新設

ポエムの由来

瀬戸内銘菓母恵夢 母の恵みの夢の味瀬戸内銘菓母恵夢 母の恵みの夢の味

販売開始から40年以上経てもその名前には、戦後の創業から続くポエムの変わらない思いが込められています。

瀬戸内の温暖な風土で生まれた瀬戸内銘菓「母恵夢」。 その誕生は・・・ 戦後まもない昭和25年、 和菓子屋「菓舗権太」だったころ、 当時は「バター饅頭」として売り出されました。 バターをたっぷりと使ったビスケット生地で 黄身餡を包み焼き上げたその饅頭は 当時としては大変贅沢なお菓子として大好評でした。

そんな「バター饅頭」ですが、昭和20年代後半に、 創業者・岡田運太郎の友人であった東京の洋画家の先生が 当時のバター饅頭を召し上がって、 「これはポエムだ。」とおっしゃったそうです。 きっと、その洋画家の先生は お菓子の味のイメージをそのように感じられたのだと思います。

その後、ポエムの音に、 母・恵・夢の漢字を当てはめ、 「母恵夢」の名前が完成されました。

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